天平の甍 感想 

天平の甍   作 井上靖
 
 1957年に単行本化された歴史小説、「天平の甍」についての感想を書いていきます。
 西暦730年代~750年代(?)の時代、遣唐使船に乗り込んで唐で仏教を学ぼうとした日本人留学僧を主人公にし、その結果鑑真が日本にやってくるということを描いた小説です。鑑真が日本にやってきてどのような影響を与えたかということは、学校の歴史の授業で学ぶことですが、その裏にあった経緯を描こうとしたのがこの小説のメインのようですね。

天平の甍 (新潮文庫)天平の甍 (新潮文庫)
(1964/03/20)
井上 靖

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 仏教が日本に広まり始めた時代が舞台です。小説によると、その当時はまだ僧にも僧たる規範のようなものが無く、税を免れる為だけに出家してきた百姓なども多く、堕落していたようですね。
 日本を仏教にまとめるためにも、僧を僧らしくするためにも、先進国である唐に学ぶ必要があったようです。だから遣唐使がいた、ということです。その遣唐使船に乗り込み、唐に留学した僧の普照が、この小説の主人公です。(遣隋使の頃からも仏教を学ぶ目的はあったのかな?)

 あらすじとしては、危険を冒して日本から唐にやってきた普照が、唐人の僧や同じ留学僧の日本僧たちと出会いながら、鑑真という高僧を日本に来させることを自分の役目だとし、何度も失敗しながら何とかして事業を成功させる、というものです。

 やはり主人公を日本の留学僧としていることからか、心情描写に関しては日本の留学僧をメインに描いているようでした。唐人の僧も感情を露にする場面は多いですが、何となく、漢文の世界のような感じを受けさせます(例えば、鑑真に危険を冒させないようにするため、内部告発した唐人の僧とか)。
 井上靖さんの小説に共通しますが、心情描写はかなりクールな感じで、ドラマチックに激昂したりすることはありません。だからこそ会話が厳選されていて、個人的には味があります。一言一言に深い意味を感じられます。

 留学僧一人一人の生き方には個性があり、どれも歴史という大きな流れに翻弄されたり人生の徒労さを感じられたりして、空しくなりそうです。地味な存在ですが、留学僧の景雲もこの小説には欠かせないかもしれません。彼は30年間唐で暮らしていましたが、結局何をすることも出来ずに、身一つで日本に帰ることになります。
 業行が自身の人生の多くをかけて仕上げた、経典の写しですが、それも結局海の底に沈むことになります。当時の渡航はまさしく命がけだったわけですが、その渡航のチャンスもそれなりの人物にしか与えられません。人生をかけて蓄えた知識を自国のために使おうと思っても、渡航に失敗して命を落とせば、それで終わり…。成功するか失敗するかは、神のみぞ知る、です。そんな不確かさ、報われなさが、この小説にも他の井上靖さんの歴史小説にもあったように思えます。

 小ネタですが、この小説には様々な仏教経典の名前が登場しますが、一体こういう名前はどうやって調べたのだろうか…と、大衆小説に慣れた私にとっては甚だ疑問です。一応、早稲田大学教授安藤更生の「鑑真大和上伝之研究」が根底にあるようですがね。
 この小説には唐人の僧だけでなく、ほんの少しだけ高麗僧が登場します。その僧は、『素行収まらず、学行も乏しい』として鑑真と共に日本へ渡航することは許されませんでした。そんなわけで自分だけ置いてきぼりを食らわないように、政府に告発して渡航を邪魔します。結局その僧は罰せられて本籍地(高麗)に強制送還されますが、朝鮮人って、昔からそんな…

 タイトルである『天平の甍』ですが、これは小説の最後に登場します。甍というものは瓦のようなもので詳しくは知りませんが、同じ留学僧の戒融が唐から渤海を経て普照の元に送ってきたものです。この甍は唐招堤寺の屋根に使われることになったようです。もしかしたら現在でも見られるかもしれません。あるとしたら博物館とかかもしれませんが。
 私たちの身の周りには数々の古いものがありますが、もしかしたらそれら一つ一つに壮大な物語があるのかもしれません。この小説の最後には、そういう物に対してそんな深みの示唆もしていたと、私は感じました。
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