漫画版ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編1~3巻 感想 

ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編   原作 竜騎士07   漫画 鈴羅木かりん

 ガンガンパワード、ガンガンJOKERでで2008年から2011年にかけて連載された、漫画版ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編の感想を書いていきます。
 祭囃し編はひぐらしシリーズ本編としては完結編に値するもので、この編によってひとまずひぐらしワールドは幕を閉じるということになります。外伝などはまあいろいろあるのですが。
 皆殺し編では部活メンバーたちが直接惨劇に関わってしまうというようなことを回避し、そして雛見沢に暗躍する敵の正体がわかったけれども打ち勝てずに終了でした。今回ではその「敵」たちの正体、行動の理由などが詳細に描かれており、表面的現象だけでなく深層的理由も含めて全ての謎が描かれているように思います。

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1巻

IMGP4184_サイズ変更 皆殺し編で判明した、雛見沢惨劇のラスボスらしい鷹野三四。彼女の幼少時代からこの物語はスタートします。大まかな流れを示すと、
両親事故死→孤児院送り&虐待→父の恩師に引き取られる
という感じです。孤児院での虐待によって受けた精神的ダメージはしばらく続いたようで、雛見沢症候群に罹患していなくても、心情がかなり不安定になっていたことが見受けられます。養父の高野の優しさによって回復していきましたが、あの虐待が大人になった三四にも影響していたのかも…と思ってしまいます。
 そして三四は命の恩人の高野に報いるため、彼のために生きることとなっていきます。

 最初から全てを暴いていこうとするこの構成は、過去のひぐらしには無かったかも?やはり、完結編だからですね。

2巻

IMGP4185_サイズ変更 「養父の夢を叶える」。それこそが鷹野の生きる目的であり、その絶対的とも言えるほど強い意志は、「運命」そのものとも言えるほど強固になっていきます。目的のためにあらゆることを努力し邁進していく様子は、目的が「世界平和」とかであるなら、他の物語では「英雄」だと言われていたりしたでしょうね。敵を強い意志で打ち破る物語はこの現代では溢れかえっていますが、そのくらいの強い意志を鷹野から感じられましたよ。
 メイド好きの医者だと思われていた入江の過去、思想も描かれています。両親の不和から「精神外科」というものを専門にしていましたが、今はかなり衰退してしまった分野です。「昔は存在していてそれなりの効果もあったが、倫理的理由からタブーになっている学問」って、何だか少しロマンがあります。創作でそれなりに使われるのもわかりますわ。

 2巻あとがきには竜騎士07さんの解説が載っていますが、入江のメイド好きの理由が載っていてかなり意味のあるものでした。メイドが好きだから沙都子にメイド服を着させようとするのではなくて、不遇な沙都子をからかって沙都子にも自分にも笑いを与えて悲しい過去を忘れようとしていた、という感じのようでした。
 「変な趣味を持っている医者」という風にしか思っていませんでしたが、色々な情報が得られると、人間性も能力もかなり優れた人間であると思えるようになりました。「変態」だとか「悪」だとか思っていた人間に対しても、彼らの本音などを覗けばその印象もすぐに変わってしまう…そういう意味でもひぐらしのテーマが関わってくるのかな。
 
3巻

IMGP4186_サイズ変更 目的のために勉強も社交も全てにおいて努力してきた鷹野ですが、雛見沢で直接研究するようになった辺りからかなり強引な方法もとるようになってきていますね…。このときは、「残酷・無慈悲なことをすれば敵が増える。そして目的は達成しにくくなる」とまでは考えなかったのでしょうか。そんなことを考える必要も無いほど、彼女に権力が集まってきていたのかもしれません。実際、山狗は相当きな臭いことも簡単にやっていそうでしたし。強い力(≒凶器)は使う側にも狂気を与える?

 「綿流しの日には一人が行方不明となり、一人が死ぬ」という噂はひぐらしシリーズほぼ全てで言われていることでしたし、それは偶然か人間の仕業か、本当の祟りなのか、という問題が読者に投げかけられていました。そしてその真相がやはり3巻で判明しました。偶然と故意が混ざっていたため、出題編で点と点を無理やり繋げようとするにはやはり無理があったようですね。
 もし1年目の事件が綿流しの日で無かったら、もし2年目の「事故」で二人とも死体が見つかっていたら、オヤシロさまの祟りだなんて噂も無かったのかもしれません。そういう偶然から噂が生じ、それを人が利用して噂は強固なものになっていく…。点と点を繋げて全てを同じだと見なして思考をやめるのは、大事なことを見落とすことになるかもしれません。
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