小説「伊達政宗」6巻 感想

雑記
 馬鹿が夏風邪ひいたわ!

伊達政宗 (8) 旅情大悟の巻(山岡荘八歴史文庫58)伊達政宗 (8) 旅情大悟の巻(山岡荘八歴史文庫58)
(1986/09/08)
山岡 荘八

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6巻

 遂に最終巻。人生を旅と見立て、そして自分はこの世にやってきた客人だとする考えを持った伊達政宗の、最後の伊達姿です。
 6巻は、松平忠輝の処罰から、政宗の最期まで。

 徳川家康とその息子である秀忠たちが、着々と日本全体を統一・安定させていきます。その中には今までの武将たちの処遇を変えるだけでなく、朝廷の意義だとかそれに対する敬慕の念を日本中に示していったりして、日本全体を徳川家の強力な力だけではない、精神的な統一も行っていたようです。
 一つの国家として安定的に在るために、水戸で修史事業を行ってこの国の形を知ろうとしたし、そのような水戸が次の将軍を定めるときにその学問を利用しようとする考えを持っていたことなど、江戸時代が300年続いた理由となった制度上の骨組みが、ここで説明されていきます
 そのような、何代先のことでも対応できるようなシステムを家康たちが作り上げることが出来たからこそ、武勇では決して徳川家には劣らないレベルである伊達政宗も、刀を納めて将軍家に協力しようとしたのでしょうね。

 家康の没後、秀忠が最高権力者となりますが、小説を読む限りでは信長や秀吉や政宗のような、カリスマ性あふれる英雄というのではなかったようですね…。どちらかといえば、慎重に事を運んで波風立たぬようにしようとすることが求められる、側近のような人間性だったように思えます。
 秀忠は、他人に気を使いすぎていて、恐妻家で、他人を恐れもしているような、すぐに胃痛を起こしてしまいそうな性格だったようです。ですが、短気ではないし、権力に執着もしないし、わざわざ相手に喧嘩を売りまくるような野蛮な面は一切見られない(書かれていない)ため、出来た人間ではあったと思いますよ。
 そんな、よく困る秀忠を、政宗は必死に補佐します。道理に沿った良いことを忠告したり、たまにはきつい諫言をしたりして、地位は逆だけれども政宗と秀忠は親子のように助け合っていたようです。覇気のある政宗と覇気の少ない秀忠の信頼関係というものは、何かしら次の泰平の時代を予感させるような素晴らしい関係だったと思います

 さて、年を取ったといっても伊達政宗の覇気はまだまだ健在です。その覇気を、ちゃんとした時代を作っていけるかということを審査・選別するために、それなりの地位を持っている人たちに「意地悪」をしていくというのは面白かったです。例えば、特にしてほしいことも無いのに役人に賄賂を贈りまくってその反応を見てみるとか、次の将軍である竹千代を育てる人々の対立を煽ってみたり。
 大抵のことを自分で解決できるようになった政宗だからこそ、次代の人々を育てて、自分や他の年老いた人々がいなくても、この国を泰平に維持できるようにしたのかもしれません。どんな人間でも寿命には敵わないからこそ、受け継いでいくという行為が重要なのだ、と。

 ラストシーン、政宗は最後に徳川家光や伴ってきた役人たちを宴でもてなしますが、このもてなしのシーンはまさに伊達物!昔から派手で、きらびやかな衣装や事柄を行ってきた政宗ですが、彼の生涯全ての「伊達」を集約させたこの宴は、最後に一発どデカイ花火を打ち上げるかのような、華々しくも刹那的でもあるものでした。
 そして彼は伊達家の江戸屋敷で、彼なりの男の意地と辞世の句を残して、この世を去ることになります。

曇りなき 心の月を さきたてて
 うき世の闇を 晴れてこそゆく

テーマ : 読書感想文 - ジャンル : 小説・文学

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