妄想代理人13話 感想&総括 

雑記
 転勤ばかりで引越しばかりの生活って、本当に子供の教育上悪いと言えるのか?悪いと答える人は子供をどういう風に育てたいんだろう?生存させることが目的?安定的な精神状態にさせて安定的に育てて、安定した人生を歩んで欲しい?安定なんてものは存在しないし、安定の先に必ず幸せがあるとも言えないのに。
 結局、何をどうしたら正解かなんてことは誰にもわからないんだから、もっと素直に「自分が嫌なんだ」と言やあまだ可愛げがあるもんなんですがね。

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13話 最終回。
 最終回。文字通り、最終回。「物語は終わっても…」というようなパターンではなくて、この「妄想代理人」の世界は描かれた範囲内でのみ存在していて、どうしようもないくらい「作品」であるのかと、私は思います。もちろんこの先を妄想したっていい、だけどそれは、「妄想」なんだと。

 記号の町の中にいる猪狩と月子から始まりますが、この記号の町は月子にとっても月子でいられる場所のようです。月子は猪狩のことを「お父さん」と呼びますが、このときの月子の猪狩に対する想いってなんだろう?ただの自分の事件を扱ったことのある刑事というだけでは済まない感じがします。猪狩がショートホープを購入した時だって、「マイルドセブンじゃなかった?」と聞いていますので、過去に何か接点があったか、他の誰かとして捉えているか。
 猪狩が記号の町をバットで壊すシーンは震えましたよ。娘が欲しかったのにも関わらず、妻の健康上の理由から授かることは出来なかった…。だから、記号の町の中で月子を娘として捉え、二人で幸せに暮らしていくことも選択肢の一つだったはず。だけど、死に逝く妻の姿を見て、安らぎのある妄想世界を脱し、現実へ戻り、受け入れることに決めたのです。音楽や演出も相まって、やっていることは単純なのに最高のカタルシスを得られましたよ。

 現実世界の方では、人々の癒しの妄想の象徴である「マロミ」がいなくなったことで、苦しみの妄想の象徴とも言える「少年バット」が猛威を振るっていました。マロミがいなくなっていたのは、月子が世界中のマロミによってあの「記号の町」を構成していたから?
 癒しの妄想と苦しみの妄想が戦うのかと思ったら合流してしまうというのが、なんとも「してやられた!」って感じですよ。「少年バットとマロミは同じ」というセリフが作中に登場しますが、これは単に「両方とも妄想の範疇に入る」というのではなく、「両方とも現実を受け入れようとしない・受け入れたくないと思っている人々の現実逃避の手段である」ということなんでしょうね。悪いのは全部少年バットだ!ということと、マロミと接することで現実を忘れるということか。

 少年バットとマロミと月子の関係は全て明かされます。少年バットは、月子が自分の不注意で愛犬のマロミを死なせてしまった罪悪感から逃れるために生み出した、「架空の悪者」。そんな少年バットは、月子が愛犬を死なせてしまった罪悪感を現実として受け入れることで、「さよなら」と言って去っていきます。そうそう、第一話で少年バットは月子に向かって「ただいま」と言うのですが、ここに掛かっているのですね。う~ん、上手い演出だ。
 少年バットによる猛威によって破壊された街は復興されていきますが、あんなことはあっても人々は1話冒頭とほとんど変わらず。真の意味で少年バットが去ることはない、いつだって存在しているんだということを表しているのでしょうね。

 以下、総括。


総括
 今敏さんの最初で最後のテレビアニメということですが、もうね、本当に、ものすごく濃くて個性のあるテレビアニメでしたよ。こんなテレビアニメは後にも先にも無いんじゃね?
 まずは全体的な構成を考えますが、1話から13話までは確かに「妄想代理人」なのですが、1話1話ごとに個性のある作りだったのが驚きましたね。いろんな被害者を登場させるオムニバス形式というだけでなくて、音や演出その他に何かしらのテーマのようなものが1話ごとにあって、どの話も記憶に残るんですよ。実際DVDに収録されていた「妄想ラヂオ」にも、各話にテーマとなる音が存在していたようです。しかもその音にもちゃんとストーリー上表したいことを表しているようで、例えば11話ではテーマが「警告の意味でのホイッスルの音」なのですが、それは猪狩に妄想世界を行っちゃ駄目だ!という意味があったようです。う~ん、こりゃすごいわ。
 妄想ラヂオによると、放送当時でもやはりOPがかなり話題になったようで、「OP中毒者」なるものが生まれたようですね。まあ私も始め見たときから中毒者に近くなりましたが…。ちなみに、このアニメは深夜に放送されていたから、OPでは「起きろ!」というメッセージが、EDでは「寝ろ!」というメッセージが込められていたようです。

 妄想ラヂオではOPへの視聴者による解釈に対して今監督は、「何でも解釈すればわかるかと思ったら大間違いだ」と言っていました。これって実は妄想代理人を代表する言葉なんじゃないかと私は思うわけですよ。
 作中では、「わからない」ということが多く存在し、だからこそ作中の人々や視聴者はそれに対して推理するわけです。しかしですね、この推理、見方を変えれば「妄想」の一つなんですよ。わからないで過剰に推理することは、例えば誇大妄想や被害妄想にも繋がる可能性があるのです。正常だと思われる推理は「推理」だと判断され、異常だと思われる推理は「妄想」だと判断されます。しかし、じゃあ誰がどうやって正常・異常を判断するか?と考えたら、そんなのは一人一人の主観であって、絶対的な判断者は存在しません。だからこそ、広い意味では同じ。
 自分は駄目だと思っている人がいます。じゃあその理由を推理するとき、「自分の能力が低いから」と思う人もいれば、「少年バットがいるからだ!」と思う人もいるのです。どちらが正常か異常かはもちろん大抵の人は前者だと答えると思いますが、社会状況などが変わってくれば後者だと答える人が増えてくる可能性があるのです。絶対的なものは、存在しないのです。
 ラスト、白髪の馬庭が何かを書いていましたが、「この後に何の文字を書くのか」と視聴者は疑問に思い、推理するかも知れません。しかしそれは結局のところ「わからない」ということで、もし推理した人に対しては、「あなたはまだ妄想しますか?」というようなことを視聴者に聞いているのではないかと私は思うわけですが、まあこれも妄想。

 「妄想代理人」というタイトルを考えますが、最初聞いたときは私は何か特別な力を持った人間が誰かの妄想を叶える、みたいなことを妄想していたと思いますが、見事に外してくれましたね。そういう一筋縄でいかないところは大好きですよ!
 妄想代理人とは、「~は~のせいだ!」というような言い訳をするために人々に使用されるもののことを表していたのでしょう。妄想を代理するというより、妄想上で代理されるという感じかな?まあこんな感じで、このタイトルから妄想できる意味と本当の意味では異なるのですが、「じゃあこの物語のタイトルを付けろ」と言われれば、このタイトルが最適なんですよね、意味的にも面白さ的にも。

 
 かなりメタ的な作りとなっていた「妄想代理人」ですが、やっぱり要は、「現実を受け入れる」ということがこの物語上、最も大事なんだと思います。
 何でもわかるような記号の町から、わからないことだらけの現実世界へと帰ってきた猪狩のように、わからないものはわからないものとして、無理に全てを理解しようとしなくていいんじゃないか?何が正しい生き方かなんて大それたことを言うつもりはありませんが、こういうこともあるということを私は知っておくことにします。


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