るくるく 4~6巻 感想

雑記
 パソコン用モニターに地デジチューナーつけてテレビ見るより、すでに地デジが付いたテレビにパソコン繋げたほうが安上がりだったかなあ…。
 価格.comではパソコン用モニターのカテゴリしか見ていなかったのが間違いか。テレビのカテゴリも見ておくべきだった。

4巻

img024_20101201172915.jpg この巻からるくがカメラにはまります。「記録など所詮有限の時間を生きる人間の行為だ…」とブブは言います。(多分)無限の時間を生きるるくでも、六文と暮らすこの時間は特別なのでしょうか。人間界に無限に居られるわけではないのでしょうか。

 3巻でもありましたが、六文が出てこない、何か考えさせられる切ない話が4巻でもありました。先の短い老人が、死んだ妹とやっていたスリを死ぬ前にやりたいという話です。
 老人の行為は、罪です。しかし、その行為の中に老人の妹の思い出が存在するのです。彼は罪人ですが悪人ではないでしょう。ルミエルは「罪を犯せば天国に行けない」と言いますが、神を信じても妹は救われなかった彼には…もう…天国のような希望なんてものはなかったのかな…。
 

5巻

img025_20101201172914.jpg 5巻でも相変わらずるくのドジっ子ぷりとか、作者の雑学とかが発揮されています。炭火のアイロンとかシリンダー交換式オルゴールとか、よく知っているなあ~、と感心しますよ。

 この巻で印象に残ったのは、るくとタンがラーメン屋の店主に商売の方法を教える話です。見かけや評判だけで繁盛店を目指す方法と、日本一のラーメンで繁盛点を目指そうとする方法の両方とも、すっきりと上手くいくことは出来ませんでした。何もかもが上手くいくなんてことは、やっぱりないのでしょうかね。
 オチは、繁盛店を目指さずに楽に商売を続けることにしたというもので、超脱力な感じ。まあ、これが「るくるく」らしくていいなあって思いましたよw


6巻

img026_20101201172914.jpg 六文の記憶というものが伏線となっていましたが、六文には幼稚園の頃の記憶が全く無いそうでした。同じ話の中で、記憶というものは思い出しにくくなるものもあるだけで全ての情報は確かに頭の中に記録されている、とありました。それなのに、六文には幼稚園の頃の記憶が思い出せないのではなく、「存在しない」のでした。つまり、六文には幼稚園の頃なんてなかった?
 でも、運動会の記憶とか断片的な神社の記憶とかはありますが、これらの記憶は一体何なのでしょうか?幼稚園の頃の記憶ではなかった?

 ペロが神社にいたことや六文がそこに来たことに、タンは「いつか終わりが来る」とるくに言っています。しかしるくは終わりを来させないつもりのようでした。
 神社には一体何があったのでしょうか?六文の過去に大きく関わっているようですが。


1~3巻 感想

7~9巻 感想
10巻感想&総括

テーマ : 漫画の感想 - ジャンル : アニメ・コミック

web拍手 by FC2
同じカテゴリの記事(ランダム)
コメント
コメントの投稿
はい!