プラネテス後半 感想 

引き続いて後半の感想を書いていく。
この漫画はとても真面目なものゆえに、この口調のほうが書きやすいと気づいた。
そういや三巻の裏表紙がアニメのEDに似ている。漫画とアニメどっちがこの構図を使ったのが先だろうか。どっちでもいいけど。


第三巻

 自分の考えが根本から崩れ去ってしまったハチマキ、彼の信じるものが無くなった今、新しいものを悟ろうとしているが、彼は戸惑っている。
 彼が戸惑うのは当然だ。何よりも大切にしておいた自分の中の強大なパワー、それのが無くなろうとしているのだ。これまでずっとそのパワーに従って、夢を追い続けてきた。言ってみれば、ハチマキは生きがいを無くしたのだ

 そのきっかけを作ったのが、交通事故にあい死に掛けのネコ。彼が何に気づいたのかは、大分後のページに書いてある。それは、自分は宇宙の一部だと感じたが、自分の怒りや不安や焦りなど全てが小さい存在であるということだ。その考えによって、自分が生きていくことも小さい存在であると感じ、生きることがつまらなくなった。死にかけのネコを見てそれに気づいたのは、生命の脆弱さ、死ぬことですら宇宙の一部である、ということを悟ったからか?

混乱


 しかし彼は何とか立ち直る。それはどうやってか?
 
 彼は後にタナベに会いに行く。台詞から察するに、彼は愛というものは何かということを知りたかったのだろう。宇宙と自分を繋げる愛、その存在が何なのかを知らないと自分の信じるものがなくなってしまう、などと考えたのだろうか。人間の心は複雑すぎて簡単に答えは出せないが。

愛の告白


 ハチマキがタナベにプロポーズしたのは、愛というものを知ったからだろう。愛とは人と人とをつなげるもの。一人じゃないから、オレは生きていられるんだと彼が悟ったように、自分ひとりで生きてきたと思っていたのが、実は他者と交わることで生きてこれた、というのを心の奥底から理解したのだろう。
 彼が帰る場所をはっきりさせておきたいというのは、どんなときでも自分は人と関わりあっているということを実感しておきたいということだと思う。



第四巻

 一番最初の話男爵についてのことの感想を書くが、その前になぜホラ吹きだから男爵なのだろうか?一応調べてみると、虚偽性障害の深刻なケースをミュンヒハウゼン症候群と言い、そのミュンヒハウゼンが男爵の階級であり、別名がホラ吹き男爵だったそうだ。男爵というあだ名はそこからきているらしい。ちなみにバロンという映画があり、それはホラ吹き男爵をもとにして製作されたそうだ。作者はその映画を見たのかもしれない。
 
 この漫画は一話一話ごとにテーマが存在する。では男爵の話のテーマは何であろうか? 

 男爵は自称宇宙人だ。罰によって地球人の身体に作り直され、地球人としての生活を余儀なくされた。本人は本気だが周りは賛同しない。まあそれはしょうがない。いきなりそんなこと言われても信じることは難しい。ではそんな彼を通して描いたこの話には何が含まれているのか?
 彼は友達を作ろうとしている。つまり人と人とのつながりを作ろうとしている。愛を作ろうとしているのだ。地球人としての常識が何も無いにも関わらず、無謀にもそれを成し遂げようとしている。
 つまりこの話で言いたいのは、完全な異物との愛を育むことが出来るのか?ということだ。    多分


 愛についての話が続いている中、次の話は愛についてのベクトルが逆な感じの話だ。
 グスコーブドリは機械を使って人間の幸せのために戦った。事故によって死んだ研究員の一人、ヤマガタ。彼はそんな偉大なグスコードブリに憧れていた。グスコードブリのように、自分の機械でみんなを幸せにしてやりたいと。その妹ネリは、そんな兄を愛し、兄の命を奪ったロックスミスに銃を向けた。しかし、諭されてしまった。「君のその愛が、彼の心をとらえた事など無いのだよ」
 愛の繋がりを持っていたと信じていたネリは、その言葉を聴いてどう感じたのか。自殺をしようとしたのだから絶望したのには違いはあるまい。愛の繋がりがないということはそんなにつらいものなのか?
 前巻で書いたように、愛とは自分と宇宙とを繋げるものだ。ネリは相当兄を愛していたのだ。まるで兄が宇宙と同じぐらい大きい存在であると。そんな兄と繋がりが無いということは、自分は宇宙で孤独な存在と感じたのだろうか。信じれるものは無くなり、宇宙は無くなった。だから絶望したのか。
 この話は、これまで愛のある話が続いてきた中で、愛の存在を否定したということで異常な話だ。だがだからこそ印象に残る。


 制限のある自由の中で生きていくか、それに反抗して自分の信じるまま生きるか、どちらが幸せになれるのか。フィーの話ではそのことが取り上げられている。大人は前者の世界で生き、後者は子供がすることだと世間では言われている。
 反抗することはエネルギーが必要だ。反抗しようと思っても、相手が大きすぎてはどうしようもない。やるだけ無駄だ、だから諦めろ、そんなことを思っているうちに人は大人になって、反抗する意欲を無くしていくのだろう。だから見たくないことには目を瞑り、無視をする。
 子供はまだそんなことを理解していない。合理的な考えをせずに、ただ純粋に自分の正義を通そうとする。だから怖いもの無しに反抗するのだ。

 どちらが正しいなんて私にいえるはずが無い。だがこの世界の非情なまでの合理さに辟易してしまうこともある。 

異常正常
 

 このコマではフィーのおじの気持ちが痛いぐらい分かる。自分はただ人と違うだけでここまで迫害される、こんな世界では自分のような人間は生きていけないのか?こんな状況ではどうすればいい?反抗すればいいがそんなことはできない。自分はただこの狂った世界で生きていくしか他は無い。どうしようもないんだ!

 フィーも同じ心情になる。しかし彼女は何とか妥協し、終わりの無い仕事を続けようとする。だが彼女は反抗の心を、子供の心を捨てたわけではない。どこかで妥協はしたのだろうかと思うが、あまりわからない。なぜ仕事を続けようとしたのか?
 朝日を見て心が落ち着き、やっぱり自分はデブリ拾いをするほかは無い、と思ったのだろうか。


 最終話にしてようやくロックスミスの本音がわかる。彼は非情な人間であるが、本当は真の愛の探求者だ。真理を探究し、神を見つけるか、神になるかを目的としている。ここで言う神とは、何か絶対的なものを指すのだろう。全人類が心の奥から信じられるものかもしれない。
 しかし先輩であった神父から言われた。「渇望して得られぬまま、渇望ゆえに宇宙をさまよう」と。おそらくこれは、真の愛というものは永遠に見つかることは無いことを示唆しているのかもしれない。


 最後のハチマキの演説では、彼はもう彼自身がはっきりしている。少し前では自分の意志が無くなっていたが、もう全てがわかり、悟ったのだろう。その悟ったものが・・・

 悩みの末に


 この単純なこと、である。遠回りしてようやくこのことを理解し、価値を知り、全てに対する意識が変わった。

 愛について、また次回で。
前半感想
総括

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1 Comments

ノイ  

No title

はじめまして。
読ませてもらいました!
とくに男爵の話のテーマがいままでつかめずにいたのですが、この記事でおっしゃってることでなんとなくしっくり来るところがありました。
私も自分のブログでプラネテスの考察をしようと考えているのですが、どうしても「考察」というより「解説」のようになってしまいうまくいきませんw
めけもんどさんの記事参考にさせてもらおうと思います!
ありがとうございました。

2013/09/26 (Thu) 17:35 | REPLY |   

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