小説 アルジャーノンに花束を 感想 

雑記
 登山はやはり天気のいい日が楽しい。
 金曜日の天気予報では日曜日のほうが天気がいいらしいので、土曜日はのんびりと起きた。
 そして土曜日の天気予報では、日曜日のほうが天気が悪いと言った。

 チクショーーーっっっ!!! 
アルジャーノンに花束を

 この小説は日本ではテレビドラマ、外国では映画にされていますが私は何も見たことはありません。ですがなぜか妙にこのタイトルにデジャヴを感じたので中古本屋で買いました。
 というかまずそもそも、タイトルがかなりかっこいい。75調ですし、「~を」で終わるこのタイトルは日本の法則なんかも適用されているように思えます。
 
 あらすじは、30代の知的障害を持つチャーリイが手術によって天才に変貌するというものです。そして文章は、頭の悪いときからずっとチャーリイ自身が「経過報告」を書いていくという感じです。ですのでチャーリイが頭が良くなっていく様子と彼の考えていることなどがよくわかります。
 最初の頃は句読点も無い、ひらがなばっかり、書き間違いがかなり多いなど、読むのに苦労しますが後になるほどかなり綺麗な文章になってきます。もちろんこの小説の原文は英語ですので、翻訳者は大変苦労したでしょう。間違いだらけの英語を正しい英語として読み、それを日本語に翻訳し、そしてまたその文章を間違った日本語に翻訳していく…通常の3倍近く面倒くさそうです。
 ですがそんな名翻訳があったからこそ、原文の雰囲気をそのまま日本語としても楽しめたことを考えれば、翻訳者の多大な労苦に敬意を払いたくなります。


 では感想を。


 作者の前書きでは、「教養は愛する人たちとの間に楔を打ち込む。」と書いています。読んでいけば分かりますがこの小説の大筋にそのことが描かれているでしょう。つまりこの小説は、急に超頭脳を与えられた人間の変貌と信頼の欠如を描いているのです。
 手術前、チャーリイはパン屋で働いていましたが、そこの人たちにからかわれていました。しかしそれでもチャーリイは「友達がいっぱいいる」として楽しげな生活を送っていました。しかし手術後、彼は頭が良くなってしまったことで仲間たちが一体自分に何をしてきたのかがわかってしまいました。それに彼らの悪事も。そのことでチャーリイは彼らから逆に不審に思われ、パン屋を追い出されてしまうことになります。そして物語の最後、チャーリイの知能は退行してくようになりますが、彼はもう一度パン屋に戻ってきます。そこでは不審に思っていたパン屋のスタッフはチャーリイの味方をしてくれるようになります。
 頭が良くなってきたことで過去のトラウマも思い出すようになります。知能障害があったから、母親にぶたれたり軟禁されたり、妹のノーマに変なことをしたと勘違いされたりすることで最後には捨てられてしまったことなど、彼の悲惨な人生が全て蘇ってきます。そのトラウマは頭が良くなったときでも無意識下に存在し、例えば女の人を性的な目で見ると動悸や吐き気を催すことになります。

 この小説で最も言いたいこと、それは知能を得ることで本当に幸せになることができるのか?ということでしょう。チャーリイは手術前は友達がたくさんいた。しかし手術後は友達は一人もいなく、自分のレベルに合う人もいない。みんなからの信用をなくし、そして自分もみんなを簡単に信用することは無くなった。皮肉屋で、傲慢で、自己中心。いつしかチャーリイはそんな風に思われるようになります。
 ネズミのアルジャーノンもそうだ。彼はどんな複雑な迷路でも解けるようになっていましたが、物語が進むと彼の様子が変わってきます。壁に自分をぶつけたり、狂ったように走ったり。それはチャーリイがこの先どのようになるかの暗示になっていました。チャーリイは知能がだんだん失われていくことに苛立ちを感じ、ものや人に当り散らすようになります。ネズミのアルジャーノンもそうだったのでしょう。苦労して得た自分の知能がだんだん失われていくことに苛立ちを感じて自暴自棄になったり、そんなはずはないと狂ったように走ったり。そして最後は走っているような姿で死亡。
 チャーリイも自分で将来どうなるかわかってきます。今は希望もなく絶望していますが昔は希望だけがありました。しかしそれでも今の彼はあの頃には戻りたくはないと思っています。そんなチャーリイの希望をあざ笑うかのように知能退行を止めることは出来ず、最後は知能も考え方も文体も、最初の頃に戻ってしまいます。利口になりたい、利口になるのはいいことだと最初の頃と同じように思っているところは涙を誘います。

 アルジャーノンに花束を。同じ手術を受けた人間のチャーリイとネズミのアルジャーノンの種族を超えた、奇妙な信頼関係。同じ手術を受け、同じ苦悩を負ったのはチャーリイにとってはアルジャーノン以外にいないでしょう。だからこそチャーリイはアルジャーノンに親近感を感じ、死んだときは泣いた。
 最後に墓に花束を供えてやろうとしたのは、やはりそのような思いからだったのでしょう。

 知能を得たことで自分から人が遠ざかっていった。でもそれでも、昔の自分に戻りたくは無い。一体本当の幸せとは何なんでしょうか?良好な人間関係を築くこと?知能を得ること?知恵を得させようとしなかった神様は正しかったのか?
 
 手術前にも手術後にも、チャーリイには不幸と幸せが存在していました。チャーリイはアルジャーノンに花束を供えてくれと言いましたが、私はチャーリイに花束を捧げたい。


アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
(1999/10)
ダニエル キイス

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